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校長挨拶

三浦雄一郎 プロフィール
肩書き
プロスキーヤー、クラーク記念国際高等学校校長
役職
(社)全国森林レクリエーション協会会長、NPO法人グローバルスポーツアライアンス理事長、(財)こども教育支援財団副理事長、元運輸省策道規則等検討会委員、元総理府青少年問題審査会委員、他

校長・三浦雄一郎より卒業生の皆さまへ

クラーク記念国際高等学校は2012年で創立20周年を迎えました。
これまでに輩出してきた卒業生は4万名以上にのぼり、クラークを巣立った卒業生たちは様々な分野で活躍しています。クラーク卒業生のご活躍のニュースを耳にするのは校長として、最も嬉しいことのひとつです。
そんなクラーク卒業生の活躍に負けないよう、私自身も2013年、新たな挑戦をすることにしました。80歳で3度目のエベレスト登頂に挑戦するのです。これはもちろん簡単な挑戦ではありませんが、最後まで諦らめずに一歩一歩進んでいきたいと思っております。
クラーク博士の「Boys Be Ambitious」の言葉に由来する、クラーク高校の「夢・挑戦・達成」スピリット。このことを忘れずに、一人ひとりの人生における目標への挑戦を続けて下さい。そしてこのクラーク同窓会ホームページを見て、懐かしい先生達、そして後輩たちの活躍の様子を知って頂けたら、時には母校にも顔を見せて頂けたらと思っています。
最後になりますが、クラーク卒業生の皆さんのより一層のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

1932年10月12日青森県に生まれる。
1964年イタリア・キロメータランセに日本人として初めて参加、時速172.084キロの当時の世界新記録樹立。1966年富士山直滑降。1970年エベレスト・サウスコル8,000m世界最高地点スキー滑降(ギネス掲載)を成し遂げ、その記録映画[THE MAN WHO SKIED EVEREST]はアカデミー賞を受賞。1985年世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成。2003年次男(豪太)とともにエベレスト登頂、当時の世界最高齢登頂記録(70歳7ヶ月)樹立(ギネス掲載)。当時2008年5月、75歳でエベレスト再登頂に成功。2013年5月、80歳で3度目のエベレスト登頂を目指す。

1956年
北海道大学獣医学部卒業
同大学卒業後、同大学獣医学部薬理学教室教官助手となる
1962年
アメリカ世界プロスキー協会(APSRA)の会員となる
アメリカ・プロスキーレースで活躍
1964年
イタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加 時速172.084の世界新記録樹立
1970年
※アジア大陸最高峰 Mt.エベレスト、サウスコル 8,000m世界最高地点
スキー滑降(ギネスに載る) 映画[エベレスト大滑降]
1973年
青森大学教授となる。自然スポーツ研究所 設立
1975年
[THE MAN WHO SKIED EVEREST]長編記録映画部門でアカデミー賞を受賞(各国語版に翻訳、現在も世界各国で上映中)
アメリカ、ワシントン州名誉市民となる
1985年
  • ※ヨーロッパ大陸最高峰 Mt.エルブルース、ソ連(5,633m)登頂及びスキー滑降 (家族で挑戦)
  • ※南米大陸最高峰 Mt.アコンカグア、アルゼンチン(6,959m)登頂及びスキー滑降 (長男、雄太との親子チャレンジに成功)
    この成功により、世界七大陸最高峰のスキー滑降(人類初)を完全達成した
1992年
クラーク記念国際高等学校校長に就任
2000年
ヒマラヤ ゴーキョピーク(5,360m)をクラーク国際高等学校の高校生5名を連れて登頂
2001年4月
ヒマラヤ メラピーク(6,476m)へ登頂及び山頂直下よりスキー滑降
また遠征に同行したクラーク国際高等学校の大矢 洋(17才)は同山峰と日本における最高標高登山を樹立
2003年5月22日
世界最高峰エベレスト山(8,848m)、次男豪太とともに登頂
当時のエベレスト登頂最高年齢記録(70歳223日)及び、日本人初親子同時登頂記録を樹立
2008年5月26日
75歳でエベレスト再登頂に成功
2012年10月12日
2013年5月に80歳で3度目のエベレスト登頂挑戦を発表